2013年4、6月 パラグアイ記事紹介

2013年4月と6月に「読売新聞」「岩手日日新聞社」発行の新聞にパラグアイについての記事が掲載されたので紹介したい。

両記事ともに、2011年3月に起こった、東日本大震災へのパラグアイからの被災地支援活動を題材にしており、「読売新聞社」は今回パラグアイが行った支援活動が日本の中学一年生、二年生が使う歴史の副読本「資料カラー歴史(浜島出版)」に取り上げられた件を記事にし、「岩手日日新聞社」の記事は被災者支援活動を展開していた伊藤鷹雄氏が感謝状を受け取った事や被災者との懇談内容などが書かれている。

 

 

 

 

 

以下、「岩手日日新聞社」本文と写真

南米から大豆提供し“定期便” 一関出身の伊藤さん(  6月8日)

岩手日日新聞社

東日本大震災で被災し、一関市千厩町に避難している被災者たちは7日、パラグアイで大豆の提供を通じた被災者支援活動を展開してきた伊藤鷹雄さん (69)=同市川崎町出身=に謝意を表し、感謝状を贈った。地球の裏側の南米から贈られた大豆は、豆腐に加工され、2011年秋まで被災者に継続的に届け られた。伊藤さんが一時帰国し市内滞在中だったことから、市役所千厩支所で被災者との懇談が実現した。被災者たちは、心温まる支援に何度もお礼の言葉を述 べていた。

 

 


大豆はパラグアイ政府と同国のイグアス農協が、東日本大震災の被災地に贈ったもの。遺伝子組み換えされていない 100トンが提供された。県内分は盛岡市の製造業者によって豆腐に加工され、一関市千厩町の雇用促進住宅梅田宿舎や町内の民間アパートなどに避難する被災 者らにも支援物資として手渡された。被災者によると、昨年11月まで約4カ月間、週に1度提供されていた。

同日の懇談には、今回大豆提供に尽力した伊藤さんと妻のミツ子さん(69)、被災者への橋渡しをした姉の明子さん(72)=同市千厩町=と同梅田宿舎の被災者でつくる自治会「明日花の会」の渡部玲子会長(65)ら被災者4人の合わせて7人が集まった。

伊藤さんは「(パラグアイで)東日本大震災発生直後の大津波で被害を受けた岩手や宮城の沿岸部の映像を見て、古里岩手に恩返しをしたいと思った」と当時を振り返った。

渡部会長は「1回だけの支援と思っていたが、定期的に届けていただいてありがたかった。冷ややっこ、湯豆腐、みそ汁など手軽に調理できて本当に助かっ た」と感謝。町内に避難する小野寺トヨ子さん(75)は「おいしい豆腐のおかげで、いま元気に暮らしています」と笑顔で語った。

伊藤さんや明子さんの父は「開拓の詩人」として知られる同市川崎町出身の伊藤勇雄さん(1898~1975年)。伊藤さんと明子さんは、勇雄さんが70 歳でパラグアイに移住して開拓したことを紹介し、「皆さんも互いに力を合わせて乗り切っていただきたい」と被災者にエールを送っていた。

【写真】被災者たちから感謝の言葉を受ける(奥左から)ミツ子さん、伊藤さん、明子さん

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