九州大学4年 有尾緒美
派遣期間:2023年7月14日~9月13日
この度は、2023年JICAパラグアイ事務所×九州大学共創学部インターンシッププログラム、インターン生として受け入れをしてくださりありがとうございました。ここに記載している内容は、同僚の皆さまに教えてもらったことや、議論させていただいたことから私が学んだり、考えたりしたことです。ご参考になれば幸いです。アスンシオン日本人会連合会の皆さま、JICAパラグアイ事務所の皆さま、大変お世話になりました。
日本人会連合会移住資料館の開設に向けて、今後の課題と中長期的な方向性について、インターン生の視点から提案いたします。
1.日本人会連合会移住資料館の趣旨と期待される効果
パラグアイ日本人会連合会の長期特別事業の一つとして挙げられた日本人会連合会移住資料館の開設は、長年棚上げ状態だったものの、2020年の創立50周年記念事業として具現化するに至りました。
現在、パラグアイ日系社会には、ラパス・ピラポ・イグアスにそれぞれ移住資料館があり、各移住地の歴史を見ることができます。また、エンカルナシオンには日系アイデンティティセンターがあり移住の歴史を映像で見ることができるモニターや茶室などが整備されています。このように複数の移住資料館がある中で当館に期待される効果と他の資料館にはないと思われる特色は以下の3つです。
① 日系社会全体の移住資料館であること。
他の移住資料館がその移住地について焦点を当てているのに対し、当館はパラグアイ日系社会全体を取り上げています。パラグアイへの移住の歴史を概観できるという点が一つの特色だといえます。
② 豊富な文献資料があること。
移住当初から最近のものまで、パラグアイの日系社会に関する数多くの文献資料があります。貴重な資料も多く存在し、実際に手に取って読むことができます。
③ アスンシオン市・首都圏(フェルナンド・デ・ラ・モラ)に位置すること。
交通の便が良いことに加え、敷地内に連合会事務所やアスンシオン老人クラブ寿会の施設などもあるため、そこに来訪される方にとっても訪れやすい場所です。また、日本から公務などでアスンシオンにいらっしゃった方で、移住地に向かう時間的余裕がない場合にも来訪していただけます。
2.移住資料館開設準備
パラグアイ日系・日本人会連合会(旧日系社会福祉センター)の3階のイベントサロンにて開設準備が進行中です。現状は以下の通りです。
- 移住地や団体ごとのパネルを11枚設置。
- 移住資料約350点あり。名称、提供者、年代等を記載したリストを製作中。
(日本語版は完成済、スペイン語版製作中、資料が増えるたびに更新予定) - 日本から移住地までの道のりを示した地図(2枚)を壁に展示。
- 文献、新聞等の資料のリストが完成。
開設前ではありますが、2023年6月に田中明彦JICA理事長、2023年8月には武井外務副大臣(特派大使)やODA調査団の来訪もあり、ご好評いただきました。また、アスンシオン老人クラブ寿会の皆様にも足を運んでいただき、当時の思い出話や苦労話、道具の使いかたなどについてご教授いただきました。
3.現段階の課題、決定すべき事
展示方法について
- 展示物の配置
移住資料を机に並べた状態であるため、開設にあたってはさらなる工夫が必要です。現段階で出ている案は以下の通りです。
- 農機具や大工道具など可能なものは壁にかけて展示する。
- 当時の台所を再現し、調理用具などを展示する。
- ジャガーのはく製の周りには草木やその他の動物を置き、当時の原生林がイメー ジできるような展示を行う。
- 移住者たちが作った農作物についてのパネルを展示する。
- 御神輿についてのパネルを展示する。
- 順路
順路が決まっておらず、すべての移住資料を満遍なく見ていただくことができていない状態です。特に一番奥手にある調理器具の展示などは見逃される傾向にあります。必要に応じて衝立を置くなどして、明確な順路を示せると良いと思います。
- キャプションボード
展示物それぞれに説明文をつけることで、来訪者の移住資料に関する理解を深めることができると考えます。見どころになりそうな展示物について、説明文をいくつか考えてみましたのでここで共有します。
施設について
- 床
複数個所のタイルが割れていることに加え、非常にすべりやすくなっている部分があり改修が必要。工事に際して一度中の物を外に出す必要があることを考えると、早い段階で改修工事を行うことが好ましい。
- テーブルの改造・追加
現在設置しているテーブルは不揃いであり、数も不十分である。効果的な展示のためにテーブルの数を調整し、色や大きさを統一する必要がある。
- 非常用ドア
移住資料館内の非常用ドアには隙間があるため、風雨の際は中に水が入り込んでしまう状態。所蔵品を安全に保管するためにゴムパッキンをつける、もしくは扉を交換するなどの対応が必要。
- キッチンの閉鎖
資料館内にあるキッチンについては、匂いや防犯の観点から閉鎖することが好ましい。
- 資料室の棚
老朽化が進んでおり、いつ倒れてもおかしくない状態。安全性と資料保護の観点から、新しいものに変える必要あり。
- 照明
現在の照明は蛍光灯20本、舞台用のライト3つです。全体的に少し暗く感じるため、必要に応じて照明を増やす必要があります。
オープンにあたっての運営体制
オープンにあたって、運営体制について検討すべき事項は以下の通りです。
- 営業日(常時開放、曜日で決める、午前or午後、予約があったときのみ etc.)
- 来場方法(電話予約、オンラインフォームでの予約、事務所での受付 etc.)
- 来場者情報の収集方法とその内容(電話番号、身分証明書かIDカード、どこから来たか、感想 etc.)
業務的負担や見込み来場者、防犯の観点などを鑑みてこれらを検討する必要があります。
資料の収集・保管に関して
- 収集
現在の資料は、日本人移住60周年記念式典の際に各日系社会の協力を得て収集し保管していたものと、当移住資料館開設にあたってアスンシオン日本人会に呼びかけ収集をしたもので構成されています。のこぎりなどの農具やタイプライターなどは十分な数ありますが、衣類や食器、ランプなどの日用品が不足しています。集めたいものを明確に示し、それを募るという方法にするとより効果的に資料の収集が進むかと思います。
- 保管
のこぎりをはじめとする農具や大工道具は数が多く、すべてを展示することは現実的に厳しい状況です。展示するものを選定して、それ以外の同じような資料は倉庫に保管するなどの対応が必要です。
4.中長期的な提案
デジタル化について
- 展示方法のデジタル化
タブレットやモニター等の視聴覚機材を導入し、以下のようなコンテンツを視聴できるように整備する。
- 移住の過程を紹介する動画
- 移住60周年記念「未来への挑戦」
- 移住先駆者の体験談、インタビュー
- 展示できなかった移住資料(スペースの都合上、倉庫に保管している資料)
これらを整備することで、視覚だけではなく聴覚でも移住の歴史に触れることができます。さらには移住資料館の垣根を超え、ジャパン文化教室や日パ学院等の児童・生徒にとっての移住学習の場として活用することができます。
- 資料のデジタル化、公開
博物館・資料館等における資料の電磁記録の作成(デジタル化)やその公開については、日本の博物館法にも新たに追加され、今では博物館事業の一つとして位置づけられています。当資料館の資料をデジタル化、公開することには大きく分けて以下の2つの効果が予想されます。
- 移住資料や移住についての情報の保存。(アーカイブ機能)
- 世界中どこからでも移住資料にアクセスできる。(資料の公共化、資料の活用の促進)
デジタル化の推進は、移住の歴史の保存や継承・共有だけでなく、コンテンツの二次的な利用や国内外の発信の基盤となる取り組みだと考えます。これらを踏まえて、本資料館で実現が可能なデジタル化の案として、以下を提案します。
- 移住資料館所蔵品リストを対外向けの仕様につくり変え、資料データベースとして公開。
- 文献資料のデータベース化、公開
- 写真のデータベース化、公開
- 動画資料のデータベース化、公開
デジタル化をどのように進めるかについては、人的資源や予算、著作権の問題などに応じて判断をしていくべきものではありますが、実現に向けて長期的なスパンで計画を立てていくことができればと考えております。
移住資料ネットワーク化プロジェクト
派遣前、横浜にあるJICA移住資料館を訪問した際に移住資料館ネットワークについてお話をお伺いしました。2018年の海外日系大会で議論され採択されたことからこのネットワークが開始されたという経緯をお聞きしております。
上記の資料のデジタル化に関して、当資料館のみの力で実現させることは恐らく不可能です。将来的には、「移住資料館ネットワークプロジェクト」に参加させていただき、資料のデジタル化の促進を図ることができればよいのではないかと考えます。具体的には、ネットワーク間で共有されている機材を使わせていただく(サンパウロのスキャナーなど)ことで、当館が所蔵する移住資料のデジタル化を行うことや、JICAホームページ内の「移住資料ネットワーク化プロジェクト」のページ(移住資料ネットワーク化プロジェクト – 海外移住資料館 (jica.go.jp))にパラグアイ日系社会を追記していただき、デジタル資料を公開する場にできれば良いのではないかと考えました。
JICA協力隊の派遣や日系研修員の受入れ
資料の保存と活用、デジタル化には大きな労力と時間、コストが必要です。資料館開設の実現に向けた知識の提供およびマンパワーの確保のために、協力隊の派遣が必要だと考えます。
また、資料館業務に携わる現地スタッフを「研修生」として継続的に日本で受け入れ、資料館業務に関する知識を得る機会とすることも意味があると考えます。当館だけでなく他の移住地の資料館スタッフも含めて研修を行うことで、パラグアイ全体の移住資料館の底上げにつながるかと思います。現在資料館業務に携わっている方々は、職を持たれている方が多く、長期の研修のためにパラグアイを離れることが厳しい現状があります。可能であれば、既存のプログラムのほかに、短期間(一か月以内)のプログラムを設けると多くの方が参加しやすくなるかと思います。